大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)2738号 判決 1983年1月28日
原告
竹中勇二
被告
土屋楯介
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年四月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和五四年四月二〇日午後八時一五分ころ
2 場所 池田市緑ケ丘二丁目八番一六号先路上
3 加害車 普通貨物自動車(大阪四五な七七七一号)
右運転者 被告
4 被害者 原告
5 態様 原告が原動機付自転車を運転して前記番地先道路の左側端を走行中、駐車中の加害車右後部に衝突した。
二 責任原因
1 運行供用者責任(自賠法三条)
被告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。
2 一搬不法行為責任(民法七〇九条)
本件事故現場は、道路幅員が片側四メートルで、夜間街灯が点灯しない暗い場所であるところ、被告は、このような場所に加害車を駐車すれば、同所を走行する他の車両が追突事故を起こし、運転者、同乗者等に傷害を負わせることがあることを予見できたにもかかわらず、事故の発生を回避するため加害車を他所へ移動させる等適正な駐車をすべき義務を怠り、本件事故を発生させた。
三 損害
1 受傷、治療経過等
(一) 受傷
左頬骨々折、下腿骨複雑骨折
(二) 治療経過
入院一四日、通院六九日
(三) 後遺症
一五歯に補綴を加えたほか、顔面の一部に知覚障害が残り、自賠等級一二級に該当する後遺症が残存。
2 治療費 一一九万八九二二円
3 将来の逸失利益 一一六九万四八五六円
原告には前記後遺症が残存し、そのため労働能力を一四パーセント喪失したところ、原告は事故当時一七歳高校二年生であつたので、大学卒男子労働者の平均給与を基礎に原告の逸失利益を算出すると、右金額となる。
算式
(14万3,800×12+58万3,200)×(41,165-4,984)×0.14=1,169万4,856.99
4 慰藉料 二二八万二〇〇〇円
入通院に対する慰藉料五一万円、後遺症に対する慰藉料一七七万二〇〇〇円の合計額。
5 弁護士費用 一〇〇万円
四 損害の填補 三二八万八九二二円
原告は自賠責保険から右金額の支払を受けた。
五 本訴請求
よつて、原告は被告に対し、前記三の合計額から四を控除した残額一二八八万六八五六円のうち金一〇〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五四年四月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三請求原因に対する答弁
一の1ないし5は認める。
二の1は認めるが、2は争う。
三の1の(一)及び2は認めるが、1の(二)、(三)(ただし、後遺症が一二級該当であることは認める)及び3ないし5は争う。
四は認める。
第四被告の主張
一 免責
本件事故は、原告の一方的過失によつて発生したものであり、被告には何ら過失がなく、かつ、加害車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたから、被告には損害賠償責任がない。
すなわち、本件事故現場の道路は駐車禁止場所ではあるが、事故当時も数台の車両が駐車しており、また、その駐車状況は道路に並列する店舗の明りで充分認識し得る状態であつた。ところが、原告は全く前方を注視せず、脇見運転をして加害車に衝突したものであつて、本件事故は原告の自損行為ともいい得るもので、被告には何ら過失がない。ちなみに、被告は本件事故につき業務上過失傷害には問われず、道交法違反の責任を問われたに過ぎない。
二 過失相殺
仮に免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については原告にも前記のとおり前方不注視、脇見運転等の過失があるから、損害賠償額の算定にあたり大幅に過失相殺されるべきである。
三 原告の逸失利益について
原告の後遺症は自賠等級一二級三号(歯科補綴)に該当するものであるが、何ら労働能力の低下はなく、日常生活に支障も生じていない。したがつて、このような場合にまで一律に一四パーセントの労働能力喪失割合で逸失利益を算出することは不合理というべきである。
仮に原告に労働能力の喪失があるとしても、後遺症の内容、程度及び原告が事故当時一七歳と若年であつたこと等に鑑みると、原告の労働能力の喪失が就労可能期間のすべてにわたつて継続するとは考えられず、喪失期間は長くとも三年ないし四年間とみるべきである。
第五証拠関係〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
二 責任原因
1 運行供用者責任
請求原因二の1の事実は、当事者間に争いがない。したがつて、被告は自賠法三条により、後記免責の抗弁が認められない限り、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
2 一般不法行為責任
前記一の事実に、成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、本件事故現場の写真であることに争いのない検甲第一、第二、第四号証、第六ないし第一〇号証、検乙第一、第二号証、証人西江慶満、同竹中勇の各証言、原、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、商店、ビル等の立ち並んだ市街地を東西に通じ、東から西に向かつて緩く下り勾配となつている見通しの良い、歩車道の区別のあるアスフアルト舗装された道路(以下「本件道路」という。)上である。道路幅員は、車道部分が約九・一メートルで、中央線によつて東西各行車道に区分され(東行車道の幅員は約四・六メートル、西行車道のそれは約四・五メートルである)、歩道の幅員は北側が約三・四メートル、南側が約三・五メートルである。両側の歩道上の車道寄りには、道路に沿つて灌木の植込みと街路樹の並木がある。そして、本件事故現場付近は、道路の最高速度は時速四〇キロメートル、駐車禁止及び追い越しのための右側部分はみ出し通行禁止の各規制がなされている。なお、現場付近は、街灯が設置され、商店のネオンサイン、シヨーウインドーの照明等はあるが、夜間は暗いところである。事故当時、付近路面は乾燥していた。
(二) 被告は、土木業を営む傍ら、本件事故現場付近にある妻の経営する喫茶店の手伝いなどをしていたものであるが、本件事故当日の午後八時一〇分ころ、加害車(ダンプカー)を洗車するため、これを運転し、本件道路を東から西に向かい、道路左側にある妻の喫茶店の前に停車するべく走行してきたところ、店の前の路上に他の車両が停まつていたので、店の手前(東方)の車道の左側端に車首を西に向けて加害車を駐車し、駐車灯を点灯しないまま加害車を難れ、洗車用の洗剤を取りに自宅(喫茶店の裏側、道路と反対方向にある。)に帰つた間に、後記のとおり、加害車右後部を原告に衝突させた。なお、被告は肩書住所に住んで一三年になるが、この間、本件事故現場付近で飲酒運転あるいは居眠り運転等のため街路樹に衝突したりする事故が四件程発生していることを知つていた。
(三) 一方原告は、当時高校三年在学中のものであるが、事故当夜家庭教師のところへ行くため、原付自転車を運転し、本件道路を東から西に向かい、先行乗用車に追従して時速約三〇キロメートルの速度で前照灯を付けて進行していたところ、先行乗用車が道路左端に停車するのを前方約六・八メートルの地点に認めたので、その側方を通過するべく右に転把し、先行車の右側方を進行中、前方約三・二メートルの距離に接近して、はじめて駐車中の加害車を発見し、衝突を回避するため、あわてて急制動の措置をとるとともに右に転把したが及ばず、自己の左顔面を加害車右後部に衝突させ、原付自転車もろとも路上に転倒した。
以上の事実が認められ、前掲甲第二号証の三の記述部分、原告本人尋問の結果、証人西江慶満の証言により成立を認める甲第一三号証、成立に争いのない甲第一四号証の記述部分中、右認定に反する部分は、前掲甲第二号証の一、二、証人西江慶満の証言及び被告本人尋問の結果に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
前記認定の事実関係のもとにおいては、被告としては、本件事故現場が東方から西方に向かつて緩い下り勾配になつている、前方の見通しの良い直線道路上で、付近の商店や建物等の照明が点灯しているところであるとしても、事故当時現場近くの街灯は点灯していなかつたうえ、これまでにも不注意な運転者が街路樹に衝突する等の事故を起こしている場所であることを知つていたのであるから、そうだとすると、たとえ道路左側端に駐車したとしても、駐車中の加害車に衝突する他の車両のあり得ることを予見することが全く不可能であつたということはできないから、そのような事態に備えて、現場付近での駐車を避け、適宜駐車場に駐車するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたものというべきところ、被告はこれを怠り、漫然と加害車を駐車させたことにより、本件事故を惹起させたものであるから、被告には民法七〇九条により本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
3 被告の免責の主張
本件事故の発生につき、被告に過失がなかつたといえないことは前記認定のとおりであるから、そうすると、爾余の点に触れるまでもなく、被告の免責の主張は採用することができない。
三 損害
1 受傷、治療経過等
(一) 受傷
原本の存在については当事者間に争いがなく証人竹中勇の証言により成立を認める甲第八、第九号証によると、本件事故により原告は左頬骨々折、下顎骨複雑骨折の傷害を負つたことが認められる。
(二) 治療経過
前掲甲第八、第九号証、成立に争いのない甲第三号証原本の存在については当事者間に争いがなく証人竹中勇の証言により成立を認める甲第五ないし第七号証、第一〇、第一一号証によると、前記受傷により原告は事故当日池田市民病院で治療を受けた後、大阪大学歯学部付属病院に昭和五四年四月二一日から同年五月四日まで一四日間入院し、その後同月七日から同年六月二三日まで同病院に通院(実治療日数九日間)、翌昭和五五年三月二七日から昭和五六年一二月四日まで中西歯科医院に通院(実治療日数二三日)したことが認められ、これに反する証拠はない。
(三) 後遺症
前掲甲第八ないし第一一号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は歯牙喪失一歯、歯冠部の四方の三以上失つた歯牙四歯のほか、補綴のため歯冠部の四分の三以上失つた歯牙二歯の合計七歯に歯科補綴を加えたこと及び受傷時の神経損傷のため右側部、左側下眼窩部に知覚麻痺が残存し、また、顔面に数か所瘢痕を残していること、そして、将来、下顎骨観血的整復手術施行時に使用した縫合用鋼線を除去するため再手術を行う必要があること、また、原告は固い物をかむことができず、医師からは前歯を引張らぬよう、六、七年経過したら義歯を取替えた方がよい旨指示されていること、原告の右後遺症については自賠等級一二級に該当するとの認定を受けていること(原告が一二級の認定を受けたことは争いがない)が認められ、これに反する証拠はない。しかして、証人竹中勇の証言によれば、本件事故後原告の視力が低下した旨の供述部分があるが、他にこれを支えるに足りる確証はなく、右供述はにわかに採用し難い。
2 治療費 一一九万八九二二円
治療費として右金額を要したことは、当事者間に争いがない。
3 将来の逸失利益 認められない。
原告は前記後遺症のため就労可能期間一四パーセントの労働能力を喪失した旨主張する。しかしながら、原告の後遺症は、前認定のとおり、歯牙補綴及び顔面の神経症状・瘢痕であるうえ、原告が現在二〇歳の大学三年生であることを併せ考えると、右程度の後遺症が将来原告の労働能力の喪失を招くとは認め難い。したがつて、将来の逸失利益は認められない。
4 慰藉料 二二〇万円
本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療経過及び後遺症の内容、程度その他諸般の事情を総合すると、慰藉料額は二二〇万円とするのが相当であると認められる。
四 過失相殺
原告が事故当時一七歳、高校三年生であつたことは前認定のとおりであるところ、原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故に遭う三か月程以前から週一回の割合で原付自転車を運転して夜間本件事故現場道路を通行していたことが認められる。そして、以上の事実に、前記二の2で認定した本件事故状況を併せると、本件事故の発生については、原告にも、夜間原付自転車を運転するに際し、車両運転者としてもつとも基本的な注意義務ともいうべき前方不注視の過失の過失があつたことは否定できず、前認定の被告の過失の程度、態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の九割を減ずるのが相当であると認められる。
しかして、過失相殺の対象となる原告の総損害額は本訴請求分の前記三の2ないし4の合計三三九万八九二二円と本訴請求外の一三万四一二〇円(原本の存在については争いがなく証人竹中勇の証言により成立を認める甲第四、第五号証により認める付添看護費、通院交通費の合計額)との合計三五三万三〇四二円であるから、その九割を減ずると、原告の損害額は三五万三三〇四円(円位未満切捨て)となる。
五 損害の填補 三二八万八九二二円
請求原因四の事実は、当事者間に争いがない。
そうすると、前記損害は既に填補されたことになるから、原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。
六 よつて、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 川上拓一)